家族

ライン花

少子化問題

21世紀を迎え、日本が抱える国の運命を左右するほどの重要な問題として少子高齢化の問題があります。文字通り生まれてくる子供の数が減少し、お年寄りの数が増えることで、この減少が進行すれば国としての活力がなくなってくるのです。統計によると2050年にはわが国の人口が、現在の半分になると考えられています、国としての活力とは若い人たちの想像力とエネルギーのことで、人口における若い人の割合が多い国は、対外的に新しいものを作り出していく力で満ち溢れていますが、若い人の少ない国はお年寄りを養ったり介護したりの福祉に、若い人の力が向けられてしまい、国としての対外的な力はなくなってしまうのです。

自動車を例に考えてみると

自動車は私達の生活に欠かせないものとなりました。仕事やレジャーなど、自動車無しでは、私達の豊かな生活は成り立たないでしょう。しかし自動車を動かしている化石資源は、やがて枯渇していく資源であり、その資源の所有権をめぐって過去・現在・未来、国と国との争いをも引き起こし、戦争という事態も繰り返してきました。限りある資源を有効に使うために、次々に新しいエンジンを積んだ車が開発されていますが、未だにほとんどの車が化石資源としての石油を使用しているのが現状です。自動車は、発明された頃には、いかに早くて快適な乗り物にするかという観点で改善されてきましたが、根本的な要求が満たされた現代では、「資源を大切に、そして人と環境にやさしく」、という観点で作らないと売れない時代になってまいりました。用途としても体の不自由な方や高齢者が利用しやすいような装備を付けた車が増えてきました。また、そのような車を利用しての新たなサービスが続々と登場しています。高齢者のデイサービスや入浴サービス、病院や施設への送り迎え、身の回りのお世話や食事の宅配など、例をあげればきりがありません。私達は高齢者が増えていくという現実を踏まえながら、限りある資源を大切に、そして人と環境にやさしく、次の時代へと対応していかねばなりません。

晩婚化

女の人の結婚年齢はクリスマスケーキに喩えられていたものでした。クリスマスの25日を結婚年齢の25歳に喩え、クリスマスイブの24日までは予約が殺到して飛ぶように売れますが、やがてクリスマスイブには値引きがはじまり、25日には半額になり、それを過ぎると、いくら安くしても買う人がいないということなのです。女性を売り物のクリスマスケーキとして見るなんて失礼よ、なんて叱られそうですが、このお話は、いまどきの若い人には通用しなくなりました。ちょっと前までは結婚適齢期とは女性の場合は、子供を産むのに適した25歳ぐらいの時期、男性の場合は仕事を順調にこなして妻子を養うことができる、30歳ぐらいの時期ということで言われていたのですが、今は男女ともに結婚年齢は確実に遅くなっています。さらにバツ1、バツ2などと言われる離婚経験者の再婚や、シルバーエイジでの結婚も晩婚組の仲間入りです。

女性の社会進出

一昔前までは企業においての女性の仕事は、書類のコピーや来客に対するお茶くみなどの事務的なものばかりで、社内恋愛で結婚して辞めていくのが、一つの理想的な幸せの姿でした。男性の立場からしても代わりの若い新人が入ってくることで、結婚相手を社内調達できるチャンスが訪れるかもしれないのです。自分と同期の人たちが結婚を機に辞めていくことで、早く自分も何とかしなければとプレッシャーをを感じつつ、結婚適齢期を過ぎても会社に居残り続けることは、かなり勇気のいることでした。しかしバブルの崩壊以降、旧来の封建的な男性優位の考え方は崩れ、男女同権の時代となりました。特に女性の社会進出は加速する一方です。男女に関係なく個人の実力で評価されるので、企業においては女性の専務や社長、行政においては女性の議員や市長、県知事などで、活躍する人が増えてきました。

結婚しない族-女性の場合

女性の社会進出が進み社会での自らの能力が認められると、仕事に対する情熱が優先し、普通の家庭の主婦になって子育てや家事に明け暮れる生活には、何の魅力も感じられなくなります。付き合っている人がいても、いざ結婚ということになると、相手から「仕事を辞めて家にいてくれ」、と言われてダメになることも多いのです。仕事を辞めないという条件で結婚しても出産、育児休暇を、正式に認めてくれるところは増えてはいるものの、まだ少ないのが現実、もし仕事を辞めるようなことになっても、一日中会社ではつらつと仕事をして外に向けていたいたエネルギーを、内なる家庭に向けるのはなかなか難しいものです。そこで経済的にも満たされているし、好きな人もいて恋愛もするけれど、結婚はしたくないという「結婚しない族」が増えているのです。活き活き生きる、あるいは幸せに生きるという選択肢の中に仕事があるのです。結婚しても幸せにならない人が増える中で、結婚しなくても幸せという女性は増えています。

結婚しない族-男性の場合

バブル崩壊前までは、一流の大学を出ることは、一流の会社で定年退職までエリートコースを保障されることでした。ところがバブル崩壊後は一流の商社や銀行などが、次々と倒産や吸収合併を繰り返し、企業内においてはリストラや人員整理、賃金カットの嵐が吹き荒れています。終身雇用をあてにしてマイホームを購入した人も返済にいき詰まり、長年住み慣れた我が家をやむなく手放すような厳しい状況です。今や就職難の時代、一流の大学を出ても、一流の企業に入れるという保障も、定年退職まで働けるという保障もなく、リストラされた再就職組と入り乱れて、就職活動はますます厳しくなるのが現実です、社会に対する不安と絶望から就職に対して無気力な人が増えてきました。仕事はないといってもアルバイトはたくさんあるので、結婚せずに自分一人で生活する分には、特に困るようなことはないことから、アルバイト専門のフリーターが、社会の一員として定着しつつあります、また運良く企業で働ける人も、リストラの現実が明日の我が身かもと思うと、安心して働くということはおろか、家庭を持って幸せにという夢も遠くなってしまいます。

結婚

結婚によって独身の生活に終止符を打ち、夫婦としての新しい家族がスタートします。役所に婚姻届を出すだけで事務的な手続きは終わりですが、儀式としての結婚式は両家の親の期もあり、派手になりがちです。一生に一回のことだからと思うともっともなことですが、2回目、3回目もよくあることです。結婚に対するあこがれで結婚した場合、ふたを開けてみると幻滅することは誰にもよくあることです。結婚したら急に冷たくなったとか会話がなくなったなど、こんなはずじゃなかったと後悔するのです。お互いに一生別れません、という大切な誓いを、家族・親族の前で披露する結婚式も、形だけのお祭り騒ぎになっているのかもしれません。

少子化の背景

戦前戦後の世代の人なら兄弟の数が多くて当たり前、10人兄弟などはざらにいて、一番上の子が成人しても、まだ赤ちゃんが産まれたとか、これで最後と、「止夫」とか「止子」などの名前をつけたりしたものです。上の子が下の子の面倒をみたり、家の仕事を手伝ったりして、たとえ苦しい生活でも賑やかに乗り切っていたものでした。家にとって子供は大切な財産であり、いことは喜ばしいことでした、ところが現代は一組の夫婦が結婚して子供を産む数の平均は1.6人、結婚しても子供を産む数は一人か二人なのです。この1.6という数字では確実にわが国の人口は減っていき、少子高齢化が進むことから、厚生省は本格的にその対策に乗り出しました。国を挙げてのプロジェクトなのです。子供が少ない原因として、晩婚化、初産の年齢が、遅くなっていること、共働き、出産後の女性の職場復帰、経済的理由、などがあげられますが、他にも仕事上のストレスや、環境ホルモンの影響で子供が欲しくても授からない人たちも増えています。

離婚

結婚してもお互いの考え方の違いや性格の不一致、相手に対する不信感や嫁と姑の争いなどで幸せになれずに、離婚する夫婦が年々増えています。離婚した人がお見合いするテレビ番組も大人気、一昔前までは離婚したことなど人には言えないような、恥ずかしいことでしたが、今では、バツ1、バツ2、バツ3など当たり前の時代です。結婚に対する考え方も男は外に出て働きお金を稼ぎ家族を守り、女は家で子を産み育て夫に尽くすなんて昔話の世界、お互いに相手のため、家族のためにがまんすることなど、出来ないから、いともたやすく離婚してしまいます。

高齢出産

高齢出産の基準が変わりつつあります、少し前までは30歳が一つの基準でした。女性が肉体的にも精神的にも安心して初めての、妊娠、出産、子育てを経験できるとされる基準です。ところが今は晩婚化の影響で出産の年齢も遅くなり、リスクはありますが、35歳あるいは40歳になりつつあります。40歳を過ぎた芸能人の出産のニュースが流れるたびに、勇気づけられる人は多いのではないでしょうか。高齢出産で初産の人は、子供の数も一人という場合がほとんどです。

核家族

おじいちゃん、おばあちゃん、夫婦、子供、孫といった、大家族で生活する地方農村型の家族は、農業の衰退とともに崩壊しつつあります。お米や野菜を小規模で作って生計をたててきた農家には、後継ぎがなく、若い世代にとっても農業は、先の見えない、苦労ばかりで魅力のない仕事として敬遠されるばかりです。自然相手の不安定な仕事を捨てて都会に出てきた若い世代は、そこで結婚相手を見つけ、新しい家族を作るのです。そこで生まれた子供も親が跡継ぎを必要としないサラリーマンならば、やがては別の場所で新しい家族を作っていくのでしょう。

田舎を知らない子供たち

宮崎 駿監督、スタジオジブリのアニメは次々とヒット作を送り出し、空前のアニメブームを作り出しました・となりのトトロ、千と千尋の神隠し、猫の恩返しなどすばらしい作品ばかりです。どの作品にも共通することは、少し前の日本にどこでもあったような、懐かしくて温かい世界での物語の展開です。心の故郷を思い出したような気分になった世代も多いことと思います。自然の多い田舎で生まれ育った人にとって、都会の生活はストレスの多いものです。都会の雑踏から離れてたまに故郷に帰ってみると、心が妙に安らぐものです。子供の頃に野山を駆け巡って友達と遊んだり、おじいちゃん、おばあちゃんの農作業についていったり、お父さん、お母さんに甘えたり、兄弟げんかをしたり、そういう思い出は心の片隅に大切な思い出としてしまってあるものです。今の時代、都会で生まれて都会で育ち、田舎という場所がない人たちが増えています
田舎に対するあこがれから、夏休みに旅行会社が企画する、田舎体験のツアーは予約でいっぱいです。夏休みに山でカブトムシを捕ったり川や海で泳いだりと、自然の中で思う存分遊ぶ子供が減り、クーラーの効いた家で「僕の夏休み」などの、ゲームをパソコンで楽しむ子供が増えています。

脱都会派

人間関係に疲れたり、都会の環境に馴染めなかったりの理由で、都会暮らしについていけない若者が増えています。地方から出てきた場合はUターン、あるいは新天地を求めての脱都会族です。自然環境の豊かな所でパン焼き工房を作って天然酵母のパンを焼いたり、農業、漁業を始めたり、陶芸工房を開いたりと、活き活きと仕事ができる場を作り出しています。この背景にはインターネットの普及が大いに貢献しています。インターネットなら日本中はもちろんのこと、世界ともつながっているので、たとえ田舎の山奥でパンを焼いていても、全国から注文をとり、宅急便で配送することができるのです。インターネットは職場に行かなくても自宅での仕事を可能にし、田舎に居ながら世界を相手のお店を持つことを可能にしました。

田舎を求める熟年世代

都会のマンション暮らしは仕事中心ということで割り切ってしまうと、通勤やお買い物には便利で快適なものです。しかし長年通い続けた職場にも必ずお別れの時、退職はやってくるもの、第二の人生のスタートなのです。60歳の年齢を迎えてもまだまだ現役で仕事ができると、再就職を探しても見つからず、一日中マンションで生活することになったとしたら・・・、退屈な日々にうんざりすることでしょうし、生きる目的を失いかねません。本屋に行くと、数あるアパート・マンション情報の横に、田舎暮らし物件情報をよく見かけます。テレビでも熟年夫婦が田舎暮らしを始め、活き活きと楽しんでいる様子が放映されます。空気のよい自然の中でログハウスに住、花や野菜を作ったりの農作業は健康的で、生きがいあふれる充実した生活を送れるのです。都会では庭付きの一戸建てはかなわぬ夢でも、田舎なら広い畑付きの家が安く手に入ります。これからは都会暮らしに疲れた熟年世代が、第二の人生のスタート地点として田舎に続々と押し寄せることでしょう。

高齢化

高齢化社会とは、若い人よりもお年寄りの割合が増えていく社会のことで、今の日本はまさにこの問題に直面しているのです。少子高齢化といわれるように、生まれてくる子供は少なく、お年寄りの寿命が延びていく中で、第二の人生あるいは老後をいかに有意義に過ごすかという、時間の使い方が問われるようになってきました。子育てや仕事は目の前に次々と起こることに対処していくだけで、時間が過ぎていったけれど、老いの時間は、じっとしていては何も起こらないのです。ゆとりの時間を活き活きと楽しく、また介護が必要になったとしても、希望をもって生きるには・・・老いは誰にも必ず訪れます。人生の終着点までの大切な時間を、活き活きと楽しく過ごしましょう。